センスは磨ける、誰にでも

Anybody can polish Aesthetic sense.

皆さんこんにちは、今日も在宅勤務のKusunoko-CIです。

さて、今日はかなりの朗報です。「センスは学べる」。全然、持って生まれたものとかじゃないんですよ!

センスとは

結構日常でも使われるこの「センス」という言葉。

まずはしっかり定義しておきましょう。

日本国語大辞典の解説によると

(sense) 人それぞれの内面にある感覚的なもので、感じ方、理解の仕方、あるいは表現の仕方に現われ出るもの。特に、ちょっとした行為や微妙な事柄についていう。「センスのある服装」「音楽的センス」など。

感覚的なもの。感じ、理解したことを、表現することでそれがいわゆる「ある」のか「ない」のかわかる、という感じですかね。

音楽なんかでもそうですけど、聴いて、感じて理解して、そして自分で弾くなり作曲するなりして外に出してみることで、それの「良し悪し」というのが感じられます。

ただ、このIn→Black Box→Outのこの真ん中部分の処理が見えなさ過ぎて、よくわからないんですよね。

なので、例えばセンスのある人が、それをどう処理してOutputしいるのかも、とても見えづらい。見えづらいので、どう真似していいのかもわからない。

結果、センス=天賦の才みたいな、凡人にはできないこと、という認識が出来上がってしまう。

劣等感のもと、ではないですか?

最終的には、「どうせできない」、とか「俺には無理なんだ」みたいな所へたどり着いて、自分や遺伝子や生まれをちょっと呪ってみたり(Kusunoko-CI)。

そんな方多いように思いますが、実は磨くことが可能ということを知りました!

センス 磨き方

今回の参考文献は、「センスは知識から始まる」という本。グッドデザインカンパニー代表の水野学さんという方が書かれたました。

Wikiには

日本のクリエイティブディレクター、 クリエイティブコンサルタント、good design company 代表 。

と出ていて、あの可愛らしい(?)「くまモン」をデザインした人、というとわかりやすいかもしれません。

さて水野さんのセンスに対する考え方ですが、非常にシンプルです。

センスとは知識の集積である」。

なので天賦の才とかそういうものでは一切ないと。

そしてセンスを磨くためにすることは、とにかく自分の知識というものをどんどん広げていく努力をする、これに尽きる。

知識というのは大きなキャンバス。センスというのはそこに描かれる絵のようなもの。

「センス=天賦の才」神話にとらわれている人は、ここのところを知らない。知らないで思い込んでいるから、一部才能のある人にのみ、ふわっと芸術の女神が舞い降りて、インスピレーションを与えるような神秘的なものと見誤ってしまう。

思い込みとか主観とかいうものが、そしてセンスを殺してしまうもの。今対象としたいトピックの歴史や、付随する客観的な情報をいかに蓄積するか、これがセンスを磨くカギだと、水野さんはおっしゃっています。

また「仕事において、知らないは不利」とのこと。

知識増やしていきましょう!

知識の増やし方

そこで気になる知識の増やし方。

これに関して、3つのルールが書かれていたのでご紹介しましょう。

  • 王道から入る
  • 流行を知る
  • 共通項や一定のルールがないか探る

王道から入る

まず王道から入るですが、これはもうその通り。ロックを語るならやはりビートルズとか避けては通れない。それは、一般にもっとも幅広く受け入れられたもの、あるいは一番売れたもの。

こうしたモノを探していくことでなぜそれが受け入れられたのか、理解できるようになる。

そして同時に、その取捨選択の過程で「王道としなかったもの」に出会う

そうしたプロセスにおける、対をなす知識の蓄積が、我々の「普通」を培う糧となります。

ちなみに、この「普通」があるからこそ、人は大きく創造のジャンプが出来るのです。それがイノベーションです。

流行を知る

これは、いわゆる王道の真逆をいく行為。

流行り物は一過性。生まれては消えていく膨大な情報群。

しかし、そうはいっても、現状まさに広く受け入れられていることも事実。

そうした情報のうねりを感じて、知識をアップデートすることは、センスを磨くうえでとても重要であるとのこと。

これもまた、ある意味王道と対をなすアクション。

共通項や一定のルールがないか探る

そして最後に、共通項を探る作業。

これは知識習得ではなく、得た情報の分析的アプローチ

王道や、流行の物事に何かしら見える普遍性が見つかれば、それがコアとなって自らの創造作業に確実に活かされていきます。

感覚というものを疑え

水野さんのお話の中で、とても面白いと思ったのが、「僕は自分の感覚というものを基本的に信用しない」とおっしゃっている点。

なんかすごくないですか?

クリエイティブ・ダイレクターとか言う肩書を一般的に捉えると、すごく研ぎ澄まされた感覚と感性の中に生きているような感じがしますとね?

まぁ、まさに今さっきまで否定していた、センスへの誤解のまんまの意見になりますが。

水野さんは、「感覚というのは知識の集合体である。だから、何かを『美しい』と感じたということは、それを美しいと感じるように培ってきた膨大な知識の蓄積が自分の中にある」と述べておられます。

なので、美しいと思う時、その感覚がどこから来ているのか、自分の中を徹底的に検索するのだそう。

そして我々にも、自分の心が動く感覚を捉え、そこにある背景を探るようお勧めしています。

いわゆるオタク的と呼ばれるような、どんなに狭い範囲であれ、知識の蓄積があれば、それから派生する美醜の感覚があるはず。その感覚を大事にすること。

そして先にも述べたように、いつも知識を蓄積していくことで、センスというものは磨かれていく。

先入観や主観を捨て、歴史を紐解き知識を磨く。それがイコール「センスを磨く」ことである、ということですね!

まとめ

いかがでしたでしょうか?

例えば服装だって、王道・流行り、そして分析という過程を経れば、確実にセンスは磨かれていきます。

自分がデザインするもの、あるいは仕事のプレゼンテーションだってそうでしょう。

知識を学び、分析する

一般にセンスのないものとは、「独りよがりであるもの」とも書かれていました。

センスに対する神話を捨てて、美を学問としてとらえること。これがセンスを磨く方法です。

出来そうな気がしてきましたか? 努力で何とかなるなら、望みがあるってことです。そんな視点で、いろいろなものを調べていくのも面白いのではないでしょうか?

今回も読んでいただきましてありがとうございました。

身体に気を付けて、センス磨いていきましょう!

ではまた!

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