息子へ、パパから伝えておきたいこと その6

To my son, things that Papa wants to tell you, Vol. 6

学びについて

やぁ、今日も元気かい? 今いくつになりましたか? 学校は楽しいかい? 友達とは仲良くやっているのかな? 今好きなスポーツやアクティビティはなんなんだろう。

パパがこれを書いている今日、君は幼稚園のスポーツクラブに行っていたよ。君がとても大好きで、いつもはりきっていたあれだ。覚えているかな? 今日初めて側転ができたんだって、ママが言っていたよ。君は最初、できない自分にとても不満を持っていたらしい。表情がすごく険しかったんだって。で、その直後に初めて成功することができて、一気に満面の笑顔に変わったそうだ。かわいらしい。パパも見たかったな。

こうやって、少しずつできないことができるようになっていくというのは、とても素晴らしいことだ。それはものが変わって、難しいことになっていっても同じ。小さな、でもちょっと背伸びしないといけない目標を設定して、ちょっとずつクリアしていってほしい。これが基本的な考え方だよ。簡単すぎても面白くない。難しいと続けるのが嫌になる。目標はいつも少し背伸びして、徐々に高くしていこう。そうすれば気が付くとずいぶん高いところまで来ていることに気が付く。

そして、どんなに大きく見える物事でも、小さく小さく分けていくんだ。例えば外国語ができるようになりたい、というのはとても大きな目標だ。それをどんどん小さくしていく。例えば、まずはその言語のアルファベットを覚えてしまおうとか。挨拶ができるようになる、とか。なんでもいいんだ。小さく小さく分けていけば、どんなに大きく見える目標でも、実は達成可能なんだということに気づける。この気づける、というのが実はとても大事で、気づくことができれば、あとは行動を起こせばいいことになる。もし今何か課題や目標があるなら、こうした方法を考えてみるといい。

そしてもう一点、学ぶということにおいては、あまり完璧は目指し過ぎないこと。これはパパがずいぶん陥ってしまった罠だ。なんでも完璧にしようとしすぎて、突き詰め、常に考え、四六時中心と頭を割いてしまって、途中で疲れ切ってしまって投げ出す。あるいは飽きてしまう。あるいはイヤになってしまう。結果続けられない。物事というのは、上達やモノになるかどうかという点においては、続けることが一番重要なんだ。それはなぜか。みんな続けられないから。だからね、続けられるという才能だけで、君は結構いいところまで行けるはず。そのためには長い目で見たペース配分、ということを考えてみてほしい。

パパからのアドバイスだ。ちなみにサクッと学ぶということを書いた回もあるから、読んでみるといいよ。

Art Class

前回は2歳になった2017年ころまでのお話をした。そしてとうとう2018年、家族がみんなJeddah, Saudi Arabiaを去った年だね。

この頃君は、ママのお友達のやっているArt classに参加していた。パパもやったことのない油絵なんか描いていたね。大したもんだ。3作品、ちゃんとJeddahから持って帰ってきた。今もパパママ大事にしているはずだ。飾ってあるよね? そのへんにない?

Art classの先生、君のこと「スジがいい」って褒めてたよ。なかなか3歳でこのくらいまで集中したり、描いたりできる子はいないって。それがいわゆるLip serviceなのか本当なのか、パパにはちょっとわからないけれど、何にせよ、君は今でも何かを絵具で描いたりすることがとても好きだ。こういう表現の気持ちがあるということは、とてもいいことだよ。パパみたいに芸術で食っていこうとは決して思わないでほしいけど(ま、君の自由だけど)、これからもそういうArtへの興味は忘れずに持っていってほしい。君の持っている知識を、統合させたり、スパークさせて新しいものを生み出したりするには、この芸術的思考回路というのはとても重要な役割を果たすことがわかっているからね。リラックスできるようなことを続けていくといいいよ。

ちょっと難しい話になるけど、2008年に「CP対称性の破れ」というテーマでノーベル賞を受賞した益川先生が、決定的なアイデア思いついたのは湯船の中でのことだったそうだよ(益川流「のりしろ」思考)。リラックスした瞬間だったらしい。しかも思いついたときすぐに、「計算も何も必要なかった。その瞬間、自明であることが確信できた」のだそう。すごいよね、これぞひらめきだ。だから、芸術とリラックス、これは絶対に必要。特にこれから君が生きる時代にとっては。

揺れるSaudi Arabia

2018年、この頃になると、いろいろな噂がSaudiで飛び交い始めた。

主に経済の事。今あの国がどうなっているかはわからないけれど、当時は石油に代わる代替エネルギーの台頭、そして増え続けるサウジの人口、加えて増え続ける国としての出費で、サウジ政府は大きな変革を視野に入れなくてはいけなくなった。

まず、今までは重要な労働力としてた頼っていた外国人から職を取り上げ、サウジ人に配りなおすことで、増え続ける失業率(仕事がない人の割合)を何とかしないといけない。君には少し早すぎるかもしれないけれど、結局のところ政治というのは、国民がどれだけ豊かになったと感じられるかがカギだ。そのために政府の偉い人たちは、何とかして仕事先を作り、みんながハッピーになれるかを考えなくてはいけない。それは日本でもサウジでも同じこと。サウジの場合はとても多くの外国人が仕事をしていたから、それらの仕事をサウジ人用にしてあげることで、働き先を作って上げていたんだね。

ということはつまり、外国人であるパパたちは、頑張ろうがどうしようが国の決まりとして、将来的にはサウジにいられなくなることがはっきりしている。パパまだもう少し働かなくてはいけないし、もっともっと勉強して、もっともっと楽しく暮らしたいと思っていた。それなら、急に「日本に帰って」と言われるより、自分のタイミングで出ていったほうがいい、そう思った。だから、何か違う仕事を探そうと思っていたんだ。君の国籍のある「日本」でね。

サウジを去った理由

そういうことを考えながら、仕事を探して、新しい生活を始めよう、というのがパパとママの心の奥底にあった。

そして最終的に、パパとママがサウジアラビアを去ろうと思ったのには、大きく3つの理由がある

まず、1点目。君の教育の問題。外国人に受けられる教育というのは、それがどの国に住んでいるのであれ、かなり限定される。サウジならサウジ人の子供が優遇されるのは当たり前のこと。だからパパたち外国人は、限定的な選択肢の中、それも全部私立に行かなくてはいけない。とても学費が高いうえに、まともな教育は残念ながら期待できないのが現実だった。

もちろんパパもママも、当時できる限り最高の教育を君に与えた。でも、その「最高」の内容が、よその国、特に日本人である君なら、日本で当たり前のように受けられるものと比べてもかなり?マークだったんだ。パパは、ラッキーなことに教員免許(日本で先生になることができる)を持っている。君が将来を考えながら長く学び続けるのは、総合的にかなり難しいというのはすぐにわかった。君にはもう少し質が高く、いろんなこと(それは勉強だけではなく、いろいろな経験を含めてということね)が学べる環境を作ってあげたかった。

そして2点目が、病院のこと。君はラッキーなことに体がとても強く、数えるほどしか病院に行くことはなかった。でも人生何が起こるかわからない。君が大きな病気やけがをしたとき、サウジの医療がどこまできちんとしているのか、やっぱり不安だった。パパやママみたいな大人は、なんとかなるもんなんだ。でも小さくて、まだこれからいろんなことが可能性として起こるだろう君に、そんなふうなリスクを負わすことはできない。パパママそれが一番心配だった。サウジの政府もいろいろなことをして、病院が良くなっていくよう努力していたけれども、よくないうわさも結構聞いた。外国人がどこまでまともな扱いを受けられるのか、肌感覚で疑問に思うこともあった。君も覚えておくといい。安全に関することは決して妥協してはいけない。これが2番目の点。

そして最後は、これも安全面だけれど、安心して暮らしていけるかどうか。

2018年には、イエメンからのミサイルが、結構サウジのいろんなところに落ちるようになった。リヤド、南部の町、それからJeddahの北に位置する町など。かわいそうなことに人も死んでいだ。南部の国境付近では、かなり大きな戦闘も頻繁にあったようで、Jeddah市内の病院には、負傷したサウジ人兵士がかつぎこまれているようだった。パパママ、フィリピン人のコミュニティでつながりがあったから、その手の情報はよく入ってきた。この頃Jeddahの空港にも、迎撃用のミサイルランチャーが設置された。

君に兄弟姉妹がいないこと、ちょっと寂しく思っているかもしれないね。パパママ、実は避難するときのことを考えていたんだよ。パパが君を抱える、ママは身の回りの大切なものを持つ。そうするとどうしても、もう一人君のような子供を抱えることができない。そんなことまで話していたもんだ。考えすぎかもしれないけれど、そういうことを思わなくてはいけないようなことが、ちょこちょこ起きるようになっていたのも現実だった。今は平和な国に住んいる(よね?)から、それだけでありがたいと感じる。

人生というのは何が起こるかわからない。ただ、大事なものだけは守ろう、そう心に決めていることはとても重要だ。それがあれば、それさえあればまた立て直しのきくもの。命であったり、健康であったり、家族であったり。

以前、人生の大事なものの話をした。大事なものの判断基準と優先順位というのが君の自我だ。君にとって、君の人生にとって本当に大事なもの、本質的なものが何であるかは、いつも自分自身と向き合って確認していってほしいと、パパは思うよ。

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