全体最適と部分最適、そしてカイゼン

Total optimization.

皆さんこんにちは。どこへ行っても蚊がいっぱいのタイにいるKusunoko-CIです。

ご存知の方も多いかもしれませんが、蚊対策で足の裏、よく洗って清潔にしておくといいようですね。高校生の発見ということで、素晴らしい功績だと思います。そんなわけで、お出かけ前は、足の裏にサニタイザーとか塗り込んでいる私です。

さて今日は、唐突ですが、改善を妨げているのは何か、その本質に迫りたいと思います!  カイゼンにおける全体最適と部分最適のお話です。

サイロメンタリティー

海外で日本人が働いていて、最も理解できないことはおそらく、各部署があまりにも自分たちの部署にフォーカスして仕事をしすぎているところではないでしょうか?

これは、誰が呼んだかSilo mentalityと名付けられていて、あの牧場なんかにあるサイロの中でのみ、仕事しているような感じのことを表しています。

これはなにも組織にのみに適用されるものではなくて、個人もそう。

いいか悪いかを別にして、日本人は割と自分で探してまで仕事しようとする癖ありますよね。これやっとくといいかな、とかこうしたほうがいいんじゃないかとか。それがひいては日本の品質であったり、おもてなしに代表されるような独自のサービスレベルになったりするんですが(よく機能すれば)。

ところが海外の場合は、就業の際に「Job description」というものを会社側が作って、提示します。その中にはあなたの仕事、責任はこうこうこれこれですよということが箇条書きベースで書きあらわされています。

これがかなりの曲者。つまりは、「そこに書いてないことは、業務の範疇に入っていないので、私はやる必要がない」というスタイルにつながっていきます。「与えられたことだけやる」ということです。

なので、同僚の仕事がたまってきて、忙しそうにしている、でもそれを見ているAさんは今手持無沙汰だ、という状況であっても、手伝わないことも多々あります。そもそも自分の契約の中に在る仕事じゃないから。やってもお金にもならないし。ってかそもそも給料低いし、なんでそんなextra mileをしないといけないの? という気持ちです。

部分最適 全体最適

会社というのはCompanyです。仲間という意味ですね。

いろんな人間が寄り合って、より大きく複雑な仕事をこなすために動いています。部署・業務というのはもちろん、専門性に基づいてある程度振り分けられて当然でしょうが、重なる部分も出てきますよね? ベン図のような感じです。

その重なる部分を助け合って補い合っていけばいいのですが、なかなかそうはなりません。

先ほどの海外の例でいえば、Job descriptionの縛りであったり。

でも実は日本でだって、そういうことは起きてます。部署間にまたがる仕事が難しい、うまくいかないのは単純にそういう縄張り意識が働いているからです。

その結果、例えば改善をやって、コストを下げるとかいう活動をしても、結局のところ部分最適に終始してしまう。

例えば、仕入れ担当の部署は、いかに安く仕入れるかでものを考える。単価が安くなるからと大量に仕入れてしまう。そして倉庫の人たちは、信じられない量の物量に悩まされてしまう。仕入れの部署にとっては安く買うことが評価の対象ですから、言い方は悪いですが、そのあとのことは知ったこっちゃない。

部分的にいい結果が出たとしても、他にしわ寄せが行ってしまって、全体として最適化されていないわけです。こういう例はいたるところで発生しています。

ではどうするか、という話になりますが、最善の策は、全体を見ることのできる人が会社に存在することですね。そういう責任のある人、ないしは部署を設ける。そこが旗振り役となって全体最適を実現できるようにしていくことです。その視点からの改善活動、コスト低減を考えていかないといけない。

あるいは、いかに部署間の風通しを良くしていくかが、問われていきます。

TPSは経営哲学

大量発注でコストを下げた。大量ロット生産でコストを下げた。一回にまとめて輸送してコストを下げた。部分最適による活動。

それぞれ部分部分としては、コストが下がっていても、全体最適がなされていないと意味がない。

さらに時間という要素の入らないコストの考え方がまかり取っています。

以前もお話しした、利回りの考え方。これを収益性と呼びました。

お客様からの発注がトリガーになる。出来るだけ小さな量で作り、最短のLead timeで販売する。そのためにできるだけ小さな量で材料を仕入れておき、最適なタイミングで製造に提供する。出来上がったものは、お客様の発注をもとにお届けされているので、倉庫に眠ることもない。

これが理想となる姿です。

一般的な会計上の考え方では、在庫は資産となります。しかしながら、こうしたカイゼンの考え方では、在庫は「罪庫」と呼ばれる金食い虫です。

このように全体を通して生産を見ていくと、かなりドラスティックな、全社的な考え方の変革が必要になってくるのがわかります。

経営陣が、人事が、経理が、仕入れや製造が、営業が輸送が、この全体最適というものを見ながら個々の業務を行っていくこと。それゆえにトヨタ生産方式は「経営哲学である」と言われるのです。

まとめ

一般に、製造ラインでできる改善は、全体に占める15%程度に過ぎないといわれています。

残りの85%は、上流工程、すなわち企画やデザイン、物流に起因します。

製造現場で秒単位の改善をしたところで、上流工程で変化が起きれば、そんなものは簡単に飲み込まれてしまいます。

ですので、経営陣は、どうやったら会社としての全体最適を実現できるのかを追求し続けなくてはいけない。

改善の導入が、そうした考えのない状態で行われたとしても大きな成果は望めない。そして何より長続きしない。

別に改善活動でなくてもいいのですが、生き残る組織は、なんであれそうしたシステムを持っているはずです。

負けない体質は全体最適から! と思うのですがいかがでしょうか?

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