原因と結果の法則とは、 Vision にある

The law of cause and effect is  in “Vision”.

皆さんこんにちは。突然ですが皆さんには叶えたい夢や希望、ありますか? Kusunoko-CIもあります。クリアに目標を持っていらっしゃる方も、漠然とこうなりたいなぁと思っていらっしゃる方もいると思います。そこで今回は、ジェームス・アレンという方の書いた『「原因」と「結果」の法則』をご紹介しながら、成功とは何ぞや、夢とは、Visionとはということをつらつら書いてみたいと思います。。

夢vsやりたいことがない

夢や希望というのは、どういうかたちであれ誰しも持つものですよね。今と違う自分や状況を思い描いて、「こうなりたいなぁ」と思う気持ちはとても重要なことです。生活に張りを与えてくれたり、実現に向けて前向きな行動をとらせてくれたりします。

逆に考えてみてください。まったくそういう気持ちがなかったら、人間はどう振舞うか。「特にしたいこともない」とか、「どうせ何かやろうとしても、無理だから」というとても後ろ向きな発言や態度がいつも心の中にある。単純に言って「生きてる希望がない」状態。これはなんだかさみしいものがあります。そういう私も、以前夢破れたときは、かなり長いことそういう心の状態にいましたが。当時挫折から立ち直らせてくれた一因も、そういえば読書でした。

ただしここでいうやりたいことや夢というのは「あの服が欲しい」とか、「海外旅行にいきたい」とかそういう話ではないです。どちらかというと、自分たちが世界へ如何に貢献していけるか、というたぐいの「夢」についてです。

『「原因」と「結果」の法則』

今回は、ジェームス・アレンという方の書いた『「原因」と「結果」の法則』のご紹介です。

この本の売り文句は「聖書に次いで一世紀以上ものあいだ多くの人々に読まれつづけている、 驚異的な超ロング・ベストセラー」です。日本でもすでに50万部売れているんだそう。しかも「ナポレオン・ヒル、カーネギー、オグ・マンディーノなど、現代成功哲学の祖たちが、もっとも影響を受けた伝説のバイブル」なんだそうで、すごいですね。嘘かほんとかわかりませんが。

『AS A MAN THINKETH』」というのが原題ですね。直訳すると「人が考えたように」ということです。そうです、ここに書かれているのはとても単純な理屈です。「私たちが考えたようになる」です。それは素晴らしい。どんどん考えなくちゃですね。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから

以前ご紹介しました、「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから」のお話を覚えていらっしゃいますでしょうか? その中で作者不詳ではあるけれど、

  • ラルフ・ワルド・エマーソン(1803-1882):アメリカ合衆国の思想家、哲学者
  • 老子(生誕・死没不明。紀元前6世紀などの諸説あり)中国春秋時代の哲学者。
  • ガウタマ・シッダールタ(紀元前4−5世紀ごろ):ブッダのほうが知られていますね。仏教の開祖(というのも少し語弊があるのですが)。
  • ガンジー(1869-1948):インドのグジャラート出身の弁護士、宗教家、独立運動の指導者

この4人のうちの誰かが、「思考に・・・」の言葉を語ったとされる人物である、として挙げておきました。

その時は、この5行の詩の内容すべてに科学的な根拠があります、ということがご報告できました。つまり我々の思考が運命を作っていけるという結論でしたね。このジェームス・アレンという方も、同じことを書かれていると言えそうです。

因果律

この本の根底を流れているのは、実は我々日本人には非常になじみの深い「因果」という思想です。お釈迦さまの教えとしてどこかで聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、自分に現れる結果のすべては、自分の行いによって生み出されたものだという「因果応報」(コトバンク)仏教用語でいうところの自業自得というやつですね。

そして、このすべての事象には原因があって、結果が生じるという考え方を因果律といいます。どうやらこうした仏教の考え方に触れたジェームス・アレンさんは大きな感銘を受け、この仏教との出会いが、その後の彼の思想の方向性を決定づけた出来事になったようです(仏教ウェブ入門講座さん)。

紀元前5世紀頃生まれた仏教に感銘を受けた、19世紀中頃のイギリスの哲学者。彼によって書かれた本が、その後西洋の多くの成功哲学の大御所に影響を与え、そしてこうして150年の時を経て日本で紹介されている。そしてその国は6世紀の昔から仏教を信仰する人たちがいる国という。なんというか歴史や世界の壮大さというか、いわゆる「世界の一体化」みたいな大きなロマンを感じてしまうのは、私だけでしょうか? ジェームスさんは自分の著作が世界で広く読まれることを願って、イギリス以外での著作権を放棄したのだそうです。なんというか素晴らしい人だったんだろうなとしみじみ感じます。

ジェームス・アレンの生き方

もちろんこの本の中で書かれているのは、よく巷で出回っているような「信ずれば夢は必ず叶う」などという底の浅いものではないです。そういう意味では、ナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』というたぐいの本とも、私は違っていると思います。

この本は、いうなれば「仏教(というか釈迦の教え)に出会い、自分の生き方を大きく変化させた男性の、その理念・信念として思うところを書き表した書」であるのではないでしょうか。ただこの本が他のうさんくさい自叙伝的なものと違うところは、ひとえに彼の生き方そのものが、この理念・信念を実際に具現化していた点、というところにあると思います。

彼に関する紹介は、常に「謎の」という形容表現がついて回るといわれ、彼に関する記述は数えるほどの資料しか残されていないといいます。その中で彼の死後、彼の奥さんが語った言葉の中に「彼自身が自分の人生で試して、かつ良いと確認できたものだけをメッセージとして人々に伝えようとしていた」というものがあります。朝早く起き、瞑想をして、午前中は執筆活動にあて、午後は畑を耕して過ごし、夕方多くの友人が彼に話を聞こうと家を訪れていた-そんな毎日を送っていたジェームス・アレンが、単純に「信ずれば夢は叶う」などということを、世界中の人々に著作権を放棄してまで伝えようとするでしょうか? 大きなQuestion markという気がしませんか?

成功哲学の祖に影響を与えた、というのも何かどこかでメッセージが歪められているように感じてしまうのです。どの段階でしょうか? 成功哲学の祖たちによってでしょうか? それとも出版の「帯」でしょうか??

自分の人生を手に

ジェームス・アレンが伝えたかったこと。私は、人はどのような環境に生まれようと、崇高な目的を持つことが大事で、それは自分で叶えていける、というメッセージと受け取りました。それは決して、いわゆる俗世的な成功ではないかもしれません。彼の生き方そのものが、そうした我々が考える「成功者」とは無縁のものですしね。

別に現世的な成功を目指すのがいかんという話ではないです。私も現世的な成功はしたい。ただし、そこに崇高なVisionがあるかというのが問われるのではないかと思います。

以前もご紹介しましたが、私も以前そうした大きなものへの気持ちというのを、完璧に失ってしまった時期というのがありました。決して褒められたような生き方はしていなかったですね。運も悪ければ、体調もおかしかった。心も荒んでいたし、仲間も離れていきました。

人は、「神仏に対する尊崇の念(トヨタ)」であったり、もっと大きなものへの畏怖というのを失ってはならないと思います。そしてその上で、「成長と貢献」(ピーター・セージ)を核に据えた意識をもって生きていくべきなのではないかということです。自分が成長することが、そのまま世界への貢献になっていくというピーターさんの考え方も目からうろこでした。

そうした気持ちをもって生きることが、最終的には自分で環境を変えていけるというジェームス・アレンの言葉であるのでしょうし、「思考に気をつけなさい…」の言葉で言い表されるような、運命のコントロールということになっていくのではと思います。

精神科医の樺沢先生は、彼のセミナーの中で「Vision」を持つことの重要性を何度も説いておられます。そしてVisionというものは、「崇高で、大多数の人間が共感し、その下へ集っていくようなもの」でなくてはならないと。

我々の気高いVisionは何でしょうか? それは大多数の人が共感して、あなたを後押ししようとしてくれるものでしょうか? それが私たちが作り得る「原因」なのではないか。そしてその結果を手にすることができるのは、こうしたルールを知った者なのではないか、そんな風に思いながら、ジェームス・アレン著、『「原因」と「結果」の法則』、読了いたしました。

まとめ

今回かなり真面目な論調になりましたが、1年の計ということで、お正月に考えるにはいい機会になりました。年を取って、子供が生まれたせいでしょうか、何を残してあげられるかなということをいつも気にかけています。この今回の考え方も、いわゆる「良い品、良い考」のようにちょっと子供に語ってあげたい内容になりました。

皆さんの1年が、素晴らしいものになりますように、ネットのこちら側からお祈り申し上げます。今年もよろしくお願いします。

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