生と死と、自分の機会

Given opportunity to think about life, death and ourselves

皆さん、2020年は良い滑り出しで始められましたか? Kusunoko-CI、実家に帰省いたしまして、家族と一緒にとても楽しい年越し&お正月を過ごすことができました。「笑う門には福来る」と昔から言いますが、本当によく笑った年末年始でした。こんなに幸せな年取り・3が日も人生の中でもなかなか無かったな、という感じです。

さて、2019年という年が昨年となって、もちろんいろいろなことがあったことが思い出されます。私的に大きな出来事であったのは、お世話になったおじさんが二人亡くなってしまったことでした。今回は、身内が亡くなっていく中で、人生や死、そして自分というものをどう捉えていけばよいのか考える、いい機会をもらったと思いますので、書きます。

二人のおじ

2019年は、おじさんが二人亡くなりました。一人は父方の、もう一人は母方の。二人とも私が小さい頃にはよく面倒を見てくれた、とてもお世話になった方々でした。

Kusunoko-CI、15歳で実家を離れ、その後は札幌、東京に行ったりサウジに行ったりしていましたので、もう何十年と会うこともなく。ようやく2018年になってまた交流が始まったのですが、もうお二人とも、なかなか会話をするのも難しいような状態になっていました。

私ももういい年なので、親類はみな年老いて、いつお別れが来てもおかしくはない状況です。言ってしまえば私自身だっていつそうなるかわからないわけですけれども。

この二人には小さい頃本当に良くしてもらって、将棋を教えてもらったりいっぱい話をした記憶がけっこう残っています。にもかかわらず、結局私は二人ともその葬儀に参列することすらできませんでした。一人は出張疲れでひどい風邪をひいてしまったため(参加するとバイオテロになってしまうという判断から)、もう一人はまさに出張中と。ほんと不義理です。

実感としての

亡くなったと聞かされて、葬儀に参列すると実感がわきます。私の場合は、その後のご挨拶に行って遺影を見たとき、実感がわいてきました。あー本当なんだな、と。当然ながらいろいろな思い出が頭をよぎります。おじさんが若かったころはこんなだった、こんなふうに話して笑っていた、あそこに一緒に出掛けて行った、などなど。

あとは今回、同じ日本にいたにもかかわらず葬儀に参列できなかったというのは、非常に申し訳ないな、との思い。これは自分の側の問題ですね。

その後、うちの家族内でおじや、おじとのかかわり、うちの家族の歴史なんかということのお話がひとしきり。うちは割と信心深い一家なので、故人について話すこと、思い出すことが供養になるというふうに教えられてきました。皆さんもそうですか?

もういなくなってしまったんだな、と思う反面、なんか今でも訪ねていったら、ひょいを顔を出してきそうな、なんか亡くなったということが信じられないというか、そういう感覚ないですか? うちは祖父母も亡くなってずいぶんたちますが、その祖父母にしてもまだ家の中にいるような、何事もなかったように部屋から出てきそうなそんな気がしてしまいます。不思議なもんです。祖父なんて、もうなくなってから10年以上たつんですけどね。

生と死

いずれにせよ、我々は誰でも、いつか同じ道を辿ります。生きるものすべて。

私は17年一緒に連れ添った飼い猫が死んだとき、初めて死を身近に感じました。当時働いていた会社の上司が、ありがたいことに猫の死に際の面倒が見れるように休みをくれました(ちょっと信じられないですよね。これはいまだに感謝しても感謝しきれない)。

おかげさまでその猫、最後は自分の腕の中で死んでいきました。今の今まで荒い呼吸で、一生懸命痛みに耐えながら生きていたものが、数回激しい咳込みをしたあと、まったく動かなくなりました。「死」という現象そのものを経験させてもらった、初めての瞬間です。まさに「生死の去来するは、棚頭の傀儡たり、一線断ゆる時、落落磊磊」という月庵和尚の法語がそのまま思い出された出来事でした。

生死の去来するは、棚頭の傀儡たり、一線断ゆる時、落落磊磊

これは、死というものがやってくると、命あるものはまるで糸を切られた操り人形のように崩れ落ちてしまう、ということを言っている言葉です。映画のInnocenceで有名になりましたが、もとは月菴宗光という室町時代のお坊さんの法語です。

肉体と心の間のつながりが切れた瞬間が、この「死」という現象である。結局のところ我々の肉体は、心の操りなしには機能しえず、その心が肉体を去った瞬間、一切合切の活動が停止してしまう。心が肉体を旅立つ瞬間、糸が切れるかのように、両者のつながりあっさりかつきっぱり断たれてしまうわけです。命というもののありようを端的に表した言葉だと思います。

ちなみに月庵和尚の法語は、国文学研究資料館のサイトで閲覧可能です。

7ページ目

自然の摂理

この世というのは、今生まれた子供たちとこれから去り行く人たち、そしてその中間にあたる様々な人たちが共に生きている世界です。なんというか、そう考えると不思議な感じがしてきてしまうKusunoko-CIです。今年のFamily reunionでは、まさにそういう「世代間」というもの感じることができました。そして時の流れも。

この世の摂理として、年齢順に、我々はこの世界を去ることを運命づけられております。もちろん多少のイレギュラーといいますか、順番が変わることも悲しいことにあり得ますが、おおむね。

そういう意味では、今回二人のおじがなくなったことだって節理ではある。あらゆる生き物にとって避けようのないルールですよね。

いつかどこかで、「起こることがわかっていたことが起きたとき、うろたえてはいけない」という言葉を見たと思うのですが、残念ながらどなたの言葉だったか見つけられませんでした。うろたえはしませんが、寂しいという気持ちにはなります。それが人間ですね。

今・ここ

新年というのは、新しい年の幕開け。誰もが期待に胸を膨らませる一方で、もう戻れない時の流れも感じさせてくれます。もちろん親類たちの死がこれが初めてというわけでもないですし、かといって何かこれらのことから導き出せる大きな教訓とかそういうものも、正直持ち合わせてはいないです。

ただ、以前ご紹介したカウントダウンタイマーもそうですが、我々は「今・ここ」に集中して生を謳歌していかなくてはならない。過ぎ去ったことでもなく、まだ来ない未来の事でもなく「今・ここ」を生きることほど、人生を有意義にする行為はないのでと最近思います。

まとめ

今回は思いのほかヘビーな話になってしまいました。ですが時折(あくまで時折でいいのですが)、こういうことを考えていくことは、今の人生をよりよく生きていくうえで必要なことだと私は思います。

生の目的とか意味とか、そういう質問に答えられるわけではありません。が、終わりの決められていること、せめてベストの選択をしたという思いの積み重ねと共に終わることができたらいいな、とは考えています。

ベストの選択をしたという自信は、自己を肯定する気持ちを持ち、自分で決めたという思いがあるところに生まれてくる、と認知科学者の苫米地英人氏は述べておられました。結局のところ、人生は自己肯定からです。亡くなったおじたちの話をするとき、そこには彼らへの批判や判断というものはありません。ただただそうであった、と思い偲びます。それが彼らと、彼らの生き抜いた人生に対する尊重(リスペクト)であります。それをそのまま、自分自身の今にも向けてみること、そういう気持ちの機会をもらったのかなと思います。

先に逝く人たちは、生きることと死ぬことの両方を通して、多くを語りかけてくれているような気がしました。合掌。皆様が充実した生を生きられますように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA