幸せについて本気出して考えてみた

I thought about our happiness seriously.

皆さんにとって幸せとは何でしょう? 考えたことはありますか? 私もあんまり昔は考えたことがなかったです。不幸についてはずーっと考えていたことがありました。単純な話、だから不幸になるんですが。そこで今回は「幸せについて本気出して考えてみた」と題しまして、我々にとって幸せとは何なのか、それを手に入れるための心のありようはどんなものなのか、本気出して考えてみました。

幸せとは

まずは言葉の意味をしっかり把握することが大事です。ですので辞書で幸せって引いてみましょう。

まずは幸せの語源となった「しあわす」という動詞から。

し‐あわ・す ‥あはす【為合・仕合】

うまくはからって、ふさわしい状態になるようにする。合うようにする。つじつまをあわせる。間に合わせる。(コトバンク)

なんか物事があるべき姿になるようにするってことでしょうかね。

で、これが名詞の幸せになると、

1 運がよいこと。また、そのさま。幸福。幸運。「思わぬ幸せが舞い込む」

2 その人にとって望ましいこと。不満がないこと。また、そのさま。幸福。幸い。「幸せな家庭」「末永くお幸せにお暮らしください」。(goo国語辞書)

とのこと。総合すると、「なんか物事をあるべき姿になるようにした結果、その人にとって望ましい状態(あるべき姿)になった」、これを幸せとか幸せな状態と言うということですね。

ここ結構ポイント高いのは、「その人にとって」というところだと、Kusunoko-CIは考えますがいかがでしょう? 他人がどうこうではなくて自分がどう感じ、何を望ましい状態と感じるのかに幸せのカギがあると、言葉からも感じられますね。「幸せはいつも自分の心が決める」っていう私のみつをさんの有名な言葉もありますし。

相田みつをさん

ちなみにこの相田みつをさん、書への思い入れが強すぎて家計はいつも火の車、せっかく売れたものも「やっぱり作品としてダメだ」とお金を返して取り返してしまったり、書への甘えになるからと、奥さんが働くことを禁じてしまったり、家族はずいぶん大変だったようですね。

もともとは技巧派の書家であった相田さん、禅も学ばれていたということで、作品もそうした禅の思想を通して行きつかれた言葉であったようです。シンプルだけど深いというのは、そういう禅との類似を感じます

幸せと自分の心

私Kusunoko-CIは、自分の人生に6つの「Core Value」を設定していることは以前にも述べました。

Core Value

そもそもこのCore Valueというのは、自分が行くべき道(Vision)とともに、人生の様々な場面の選択の判断基準になってくるものと考えています。Visionが行く先、Valueが道を選ぶための標識といった感じでしょうか。

私たちは日々、本当に多くの選択を迫られています。大きいもの小さいもの。そしてそれに伴って、行動や振る舞いというものも選択して変わっていきますよね。このCore Valueは、そうした大小さまざまな選択をする際、「どうすべきだろうか」ということを決める判断基準になってくれます。あるべき姿へ。

そして、私たちが自分の人生を考える際にも、とても大きな意味を持ちます。例えば、誰かと比較してしまったときなども、自分の人生を(けっこうネガティブな感情で?)見つめてしまうこともあると思うのです。そうした時も、このCore Valueがしっかりしていれば、自分にとって大切なものが何なのかという「」に立ち返ることができます。つまりここにないものは自分の人生においては価値が低い、あるいは価値のないものとすぐに確認することもできるわけです。自分にとってのあるべき形。

人生において無駄なことを整理整頓する(5Sする)ことも、幸せを考えるうえでとても重要なのです。あるべき姿に必要のないものは、気にしてはいけないのです。

感謝と信仰

そして私のCore Valueの5番目は「感謝と信仰」。恥ずかしながら一時一切失ってしまっていた時期がありました。今からではちょっと想像もできないですけれども、私の人生にしかと存在していました。

この時の考え方・行いが悪かったのか、私の人生はどん底に。不満と羨望、自分はなんて不幸なのかという自己憐憫、冒頭に言った「不幸のことばかり考えている」時でした。感謝のかけらもない。

ここでいう信仰とは、別に特定の宗教を信じるとかそういうことではまったくなく、そういう人知を超えた物事や存在に対して、畏敬の念を忘れてはいけないと思うという、そういう気持ちの話です。畏敬や畏怖の念はそのまま尊敬の気持ちにも繋がってきますし、また道徳観念にも関わりがあります。

そしてまた、我々はこの世の全てのことがわかっているわけではない。そしてそのわかっていないということに対しても、謙虚でなくてはならない。謙虚に、そしていろんなものや人に感謝する。ぶっちゃけ、人は皆一人では生きていけないものですからね。

そして私の年になると、一緒に人生を生きていた人達がどんどん亡くなられていきます。御世話になった方々、友人、飼い猫。本当にたくさんです。そのたび思うのは、お疲れ様でしたという感情、そしてこれからは痛みや思い患うことなしに、ゆっくり休んでほしいと願う気持ちです。そして純粋にいろいろしてもらったことへの感謝ですね。

感謝すると、人の脳はセロトニンやエンドルフィンという物質を出します。これには我々の心を落ち着かせてくれる効果もあり、何といっても「幸福感」を感じやすくなる脳内環境を作ってくれることが研究でわかっています(『アウトプット大全』樺沢紫苑)。

私は、こうした信仰と感謝の「ない状態」と「ある状態」の両方を経験する機会に恵まれました。ある意味いい経験でしたね! 感謝を忘れ、自分のあるべき姿もわからず、ただただ人生の中で行き当たりばったり右往左往するのは、本当に不幸な経験です。なので、皆さんには本当に声を大にして言いたい。ぜひ人知を超えた存在に敬意の念を忘れず、他者や今あるもの・ことに感謝する気持ちを持ってください。それだけで本当にずいぶん幸せになれますよ!

まとめ

家族がいて、健康であれば、そしてある程度の稼ぎがあればだいたい何とかやっていける。その先を目指すのも、欲望をもって目標に向かって頑張るのも自由です。私だって欲しいものもあるし、まだまだ努力してもっと高みに行きたい。でも、そのときにも忘れないでほしいのは、幸せは自分の心次第であり、その心の判断基準になる「軸=Value」を持っていなくてはならないということ。あるべき姿を描いて、自分の軸をもって人生というフライトを飛び続けていくということ。これが私たちの心のFoundationになって、心を満たして、かつ何かを目指す際の土台にもなっていくのだと思います。

今回、ほんとに結構まじめな論調になってしまいました。80年代に思春期を過ごした身としては、どっかでおちゃらけたくなるのですが。まぁ、タイトルが「幸せについて本気出して考えてみた」だから良しとしましょう。いつもおんなじ方向へ、です!

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